東京三日目 地主と藤井不動産訪問および 不動産査定 2社

マーキュリーには間に合わなかった

1時間時間を勘違いして 8時まで寝てしまったうっかりした

急遽日時変更してもらう。


とにかくしんどいので 向精神薬を 2錠飲む。
こんなに滞在も長引くと思わなかったし予備は持ってきたけれど足りないもっと薬が欲しいこの正念場だけでも 乗り切りたい

大阪の生き物たちも心配だ オートフィーダーで
ちゃんと食べてくれてるだろうか
急ぎで賑わいプランクトンは大丈夫だろうか


こうやって 祖父母の代からの 重いの染み込んだ 土地建物をひとつひとつ整頓して行く準備。

まだまだこれからなのに
とても重くのしかかっていたけれど
とにかく一つずつ整頓していくしかない。

あまり山を見ないように足元の階段だけ見て登山するようにする

一番辛いのはうつ病
癌よりもうつ病が辛い
いや、両方辛いだけどうつ病は本当に辛い あの朝の絶望感 かきむしられるような
精神的拷問は全く慣れることはない



それでも不動産屋と話せば道筋が少し見えてくる 覚悟も決まってくる


この家は本当に日当たりが良い 大阪の家もとても立派な家だと思うけれどこんな日当たりは家の中にいて 素晴らしい清涼感のある風が通り抜けていくまるで外にいるような 日差しと風がある家はあまりないと思う

客観的に物件として見たとき大変魅力的だ
だけど汚染されている 土壌も空気もそれから私の思い出の中で母親という存在も汚染物だ





人はいずれ全てのものに別れを告げなければいけない
もちろん最後までものに囲まれて好きなものと一緒に過ごすというのもあり方だけれど 住居の広さ的に許すならばそれも良いと思うけれど

ここで一旦今までの森家の歴史に区切りをつけていく形をつけていくというのも最後に一人残った私の仕事だ

ひとつひとつご先祖様に 感謝しながら

今日も命をありがとうございますと

毎朝毎晩、 大阪から 私は東京の方に 手を合わせて今日も命をありがとうございますと祈っていた



これから先 どこに引っ越すのか全くわからないけれど引っ越し先に持っていくのは 仏壇とかではなくてお位牌のみ。
心の中にご先祖様の魂を感じるから もう物質にはこだわらなくてもいいのかもしれないけれど



森家の最後の一人として森家の歴史の染み込んだすべてをひとつひとつ整頓していく。


そして私は もうこの汚染された 土地とか 揮発性のものとか 近所のマウンティングとか気持ちの悪い 呪われたような 発達障害の女性の家系とか そういったものから
自由になる。


庶民を虫けら程度に思う地主の支配も腰巾着の藤井不動産の 不正請求を受けない、
母親のコントロールも置けない。 他人をコントロールしようとする人たちのいない場所。


そういう場所に自分を置いて一人で生きていく。

それはとても寂しいことだ。


生まれ育って手触りさえすぐに思い出せる家の隅々。


そういったものを 更地に戻すということは 想像するだけでとても辛い。


折れる柱は悲鳴を上げるだろう。
壁が崩れていく。
その様子は見たくない
悲しい辛い寂しいけれど

でもいずれはすべてのものと人間はお別れしなきゃいけない。



さみしい、つらい、でも
代々のものを整頓し森家の最後の一人として飛び立って行くのを、
先祖様も 祖父母も両親も みんな喜んでくれる気がする

それで すごく優秀な子ではなかったけれど よく頑張ったねって
褒めてくれると思う


一人一人のご先祖様にいろいろ
それぞれの思いと辛さと喜びと苦しみと 命があって、
みんな生きて死んでいって、
そうやって最後の 一人の私に 繋がって


それらを全て受け止めた上で、
だけど自由に生きていくために
家に区切りをつけていくということは
どこかで訪れるもので、今がいいチャンスだと思う


私が最後の一人として
選ばれたということ、
そして森家の長い歴史の終焉を見とどけられて、
整頓作業を自覚的、意識的に行えるということを、


わたしは、とても誇らしく思います。


ありがとうございます。