他人を非難したい人が多すぎる
リモというWeb情報にのっていた
「他人を非難したい人が多すぎる」という
大中千景という記者の記事がすごく良かった
「子供というのは自分の目で見たものをすべてだととらえ、そこに至る背景までは深く考えたりしないものです。
しかし、成長するにつれ、「もしかしたら何か事情があるかもしれない」と考えるようになり、さらには「当人にしかわからない何かがあるかもしれないから、外野は黙っておこう」と配慮できるようにもなります。それが大人です。
しかし、昨今の炎上騒動や、コロナ禍の「他県ナンバー狩り」「自粛警察」騒動を見ていると、なんと大人になり切れていない人が多いのか…と考えることしきりです。
誤解を恐れずに言えば、「自分軸の正義感で他人を攻撃することによりマウントをとっている、あるいはストレス解消をしている」人が非常に多いように見えるのです。」
本当にその通り。他者に見えてる部分がその人のすべてではない、
自分は自分、他人は他人。
ちょうど今ニュースになっている有名な俳優の 大麻使用の逮捕だって 法律が罰すればば良いだけで みんなでリンチのように 実際にその人を知りもしない人が SNS 上で 過度に非難し過ぎだ。
そもそも私は 子供の頃ニュースを見て 政治家が下半身の問題で すぐに失脚するのが疑問だった。
女性問題なんてどうでもいい政治家は優秀な政治をしてくれればそれでいい。
芸術家として優れてる人が人格的に優れてる必要はないように
政治家に下半身の問題は 関係ない。
私は子供の時から報道を見るたびにそう思っていた。
「誤解を恐れずに言えば、「自分軸の正義感で他人を攻撃することによりマウントをとっている、あるいはストレス解消をしている」人が非常に多いように見えるのです。」
まさにそれ。結局みんな欲求不満でそのはけ口にしている。
攻撃者達にとっては芸能人は 自分より上の人達で羨ましい人達だったんだろう、
彼らの権威が失墜した時にここぞとばかりに攻撃する。
日本はそんなに欲求不満の人達ばかりなんだ。
幸せな人が少ない。
日本というのは人間を幸せにしないシステムだ。
物言わぬ羊として洗脳されて搾り取られてるんだから当然だと思う。
もう私も攻撃を受けるのは嫌だ。
みんなでよってたかって私を潰そうとする。
そうでなくても発達障害、敏感すぎる性質、 毒親による虐待の過去、それらによって 自己肯定感がない。
才能に溢れているのに 他人を気にしすぎて身動きが取れない。
他人と同じことをしなければいけないということにすべてのエネルギーを使い続けてきた人生だった。
それでもどうしても他人と同じことができない。
その代わり他人ができないことができる。
そうすると攻撃される。
ほっといてほしい。
不安だから評価されたい。
この二つの相反する希求に支配された人生だった。