生き物たちはみんな元気だった・ 髪を切った

夜中に急遽大阪に戻って最初にした事は家中の生き物のメンテナンス。

折れてしまって切り花にしていた植物はブルースターだと思っていたらハニーサックルだった。家中良いかおりがした。

ベッラも生きていた。
でも固形のエサはやはりほぼ食べない。
かれこれ1ヶ月何も食べていないのに。
それでも東京に出発する朝に 4時間程今度は 万が一ウイルス性だったらと考えてウイルス性の 抗菌剤を薬浴させておいたもしかしてそれが良かったのだろうか

とにかく留守番フードと 入れておいたゾウリムシやミジンコなどを食べていたのか そんなに痩せてもいないし
いくときとほとんど変わらない元気度だった


水足し君は スタート地点の水位が低すぎる構造のため、 全く減っていなかった。


適度に雨が降っていたせいか植物たちも元気だった 新しい種類の花々が さらに咲き始めていた


屋外の水槽に関しては水が減ったのだろう 外に置いてあるバケツは ほとんど水が入っていなかったので 通りがかりにもしあまりに干からびていたらお願いしますと 安井さんにお願いした通り多分安井さんのおじいさんがやってくれたんだと思う
後でお礼の品物かデパート商品券を持って伺ってお礼を言おう


ハウス Do の森さんがコロナになったことから私は濃厚接触者ではないけれど自分の高接触者とでも言える3日前に会っているので 自主的に PCR 検査を受けておく明日の朝には結果が出るだろう


家の電気や大阪の電気ガスなど全て楽天に変えて行く もうすぐストップするかもしれないけれど少しでも安い方が良い 楽天は基本料金がかからないから 空き家にしている家など非常に最適だったのにもっと早く変えればよかった

ーーーーーーーー

もうずっと邪魔で邪魔でしょうがなかった髪の毛を 耳ギリギリぐらいのベリーショートにした これ五人囃子そっくりじゃないですかと思った

大体60 CM から70 CM ぐらいカットしたと思う
手触りがよくてアッシュ系の少し薄い茶色の綺麗な髪の毛だった。

抗がん剤の後生えてきてからは 大きくカットしないようにしてきたから5年ぶんだ

でももう作業の邪魔で邪魔でしょうがなかった 本当にもう邪魔だった

ロングだからといって下ろしている時なんて私は今までもほとんどなかった。
髪の毛を解いておろすのは 写真を取る瞬間だけだ。


その時のために今でも伸ばしていたけれど それだけのためにこれだけ毎日メンテナンスに時間と手間を取られてエネルギーを取られて シャンプーとリンスだって 減り方はバカにならないし 切りたいという思いが前からあった。

一度そのつもりで美容院に予約を入れたけれどやっぱり大切に伸ばしてきた 良い状態の髪の毛だからと 踏ん切りがつかなくて普通にメンテナンスして終わってしまった。

だけどもうこれからは引っ越し作業掃除作業隙間時間では工藤さんのことをたくさん勉強したい。
あまり見た目のことに時間とエネルギーを使いたくない。
年齢的にもう人にみられる年齢でもないしというのも大きかった。
髪の毛が綺麗でも 肌が綺麗でも年を取ってしまえば 結局 おばさんというカテゴリに入って 美しさやファッションからは普通の人は追い出されてしまう。
綺麗な人ならともかく、私のような普通の人はそうなる。
だからもう見た目に綺麗な髪の毛を他人への見栄のためにキープしておくというのは、
もういいかなという気持ちになった。
だってどうせみんな死ぬし。
どんな物もあの世に持っていけないし。
どんな大切なものだって全部最後はゴミになる。

だから大切に伸ばしてきた綺麗な髪の毛を切ることは
別に悲しい気持ちじゃなくて、清々しい気持ちになる。

生き物たちはみんな元気だった・ 髪を切った

夜中に急遽大阪に戻って最初にした事は家中の生き物のメンテナンス。

折れてしまって切り花にしていた植物はブルースターだと思っていたらハニーサックルだった。家中良いかおりがした。

ベッラも生きていた。
でも固形のエサはやはりほぼ食べない。
かれこれ1ヶ月何も食べていないのに。
それでも東京に出発する朝に 4時間程今度は 万が一ウイルス性だったらと考えてウイルス性の 抗菌剤を薬浴させておいたもしかしてそれが良かったのだろうか

とにかく留守番フードと 入れておいたゾウリムシやミジンコなどを食べていたのか そんなに痩せてもいないし
いくときとほとんど変わらない元気度だった


水足し君は スタート地点の水位が低すぎる構造のため、 全く減っていなかった。


適度に雨が降っていたせいか植物たちも元気だった 新しい種類の花々が さらに咲き始めていた


屋外の水槽に関しては水が減ったのだろう 外に置いてあるバケツは ほとんど水が入っていなかったので 通りがかりにもしあまりに干からびていたらお願いしますと 安井さんにお願いした通り多分安井さんのおじいさんがやってくれたんだと思う
後でお礼の品物かデパート商品券を持って伺ってお礼を言おう


ハウス Do の森さんがコロナになったことから私は濃厚接触者ではないけれど自分の高接触者とでも言える3日前に会っているので 自主的に PCR 検査を受けておく明日の朝には結果が出るだろう


家の電気や大阪の電気ガスなど全て楽天に変えて行く もうすぐストップするかもしれないけれど少しでも安い方が良い 楽天は基本料金がかからないから 空き家にしている家など非常に最適だったのにもっと早く変えればよかった

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もうずっと邪魔で邪魔でしょうがなかった髪の毛を 耳ギリギリぐらいのベリーショートにした これ五人囃子そっくりじゃないですかと思った

大体60 CM から70 CM ぐらいカットしたと思う
手触りがよくてアッシュ系の少し薄い茶色の綺麗な髪の毛だった。

抗がん剤の後生えてきてからは 大きくカットしないようにしてきたから5年ぶんだ

でももう作業の邪魔で邪魔でしょうがなかった 本当にもう邪魔だった

ロングだからといって下ろしている時なんて私は今までもほとんどなかった。
髪の毛を解いておろすのは 写真を取る瞬間だけだ。


その時のために今でも伸ばしていたけれど それだけのためにこれだけ毎日メンテナンスに時間と手間を取られてエネルギーを取られて シャンプーとリンスだって 減り方はバカにならないし 切りたいという思いが前からあった。

一度そのつもりで美容院に予約を入れたけれどやっぱり大切に伸ばしてきた 良い状態の髪の毛だからと 踏ん切りがつかなくて普通にメンテナンスして終わってしまった。

だけどもうこれからは引っ越し作業掃除作業隙間時間では工藤さんのことをたくさん勉強したい。
あまり見た目のことに時間とエネルギーを使いたくない。
年齢的にもう人にみられる年齢でもないしというのも大きかった。

NPO・再び委任状 顔を見られた

昼から NPO 法人の 村永さんとお話
更新契約書を止めているのはまずいと言う

村永さんには矢崎さんの考えがあって止めているとは思うけれど これ以上地主のご機嫌を損ねても 今度は譲渡承諾をもらえない可能性があるので 無記名のまま
藤井不動産に返すということで落ち着いた

そもそも更新の件に関しては私が確かにお金を払っているけれど私の名義ではないから私のサインや印鑑というのが法律的には有効ではないはずだからまず母の 借地権に関する委任状も取らなければいけなかった


今日はこの委任状にサインをしてもらうのと
郵便局のATM の上限金額を上げることの 委任状を見てもらう。



借地権に関する委任状に関しては NPO村松さんの進言であって 矢崎さんは取らなくていいという考え方だったけれど、
せっかくこちらに来ているので取っておくに越したことはないと考えもう一度老人ホームの方へ 今度は借地権に関する委任状を取りに行く 昨日今日と二日連続だでも今回はガラス越しだけれど顔を見ることができた

本当は会えないかと思って一応手紙を書いたけれど 今回会ってみて感じるのは随分認知症が進んでいてもう自分の名前と私の事しか分からないようだった
私の名前を繰り返し呼んで、娘だと言う

後はうるせーうるせーと言っているのだろうか。
とてもかわいそうだと思うけれど もう彼女は自分の問題を自分で解決しなかったからそうなってしまった
自分の問題を他人に押し付ける結果はこうなるんだと私はこうならないようにしようと
改めて思った。


母はアイスが好きだったからアイスを持って行きたかったけれど それだと職員の人が食べさせるのに難儀するだろうし
粘性が無いものは食べさせるのは誤嚥の危険もあり大変だろう。そして溶けてしまうから迷惑をかけるかもしれないと思って
プリンにした。
コロナのおり、受け取ってもらえるかわからなかったけれど
これなら大丈夫と受け取ってもらえた。明日のおやつとして彼女の口に入ることになった。

もう認知が進んでいるけれど、きっと美味しいと思ってくれる。と思いたい。


なんだか全体的に母はキョトンとしていた。私が帰ろうとするとなんで帰っちゃうのと言いたげに、寂しそうな顔をした。
もしかしてもう 私を認識できる母と会うはこれが最後かもしれないとふと思った。

一緒に写真うつろうよ、と言ったらちゃんとおすまししてくれた。かわいい。かわいそう。嫌い。愛してる。

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その他松戸市役所で印鑑証明を取る

郵便局で母の口座の上限額を上げておく

鉄くずの引き取りは 3万円かかると言う

布団のらくらく家財便は明日に延期


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夜7時、堀切 その2の 残置品の見積もり来る。


天袋の中に昔の 石油ストーブ、ガスストーブ、電気ストーブ 扇風機
ラジカセ数台、ゴルフ道具、プリントごっこ 絵葉書、書物
掘りごたつの部品やら 電気毛布やら いろんな台 水枕 スキー靴 掃除機ポット食器 調理器具、シャツ、スーツ、着物類、 エンジンの部品の鉄の塊 複数、 巨大な脚立複数 、自転車 4台… まだまだ書ききれない 工場の色々な備品


不用品 回収業者も 『痺れる物量』だと言っていた。

2 T トラックで7往復ぐらいは軽くあると言う。



ガス缶類の始末の仕方、
ゴミ処理場への粗大ごみの 持ち込みの仕方。
食器類だけでも 可燃ごみとして出しておけば
ガワだけなら 無垢の木の 家具は 木材として一緒に解体できるから 無理に運び出さなくていい など

など少しでも不用品回収の費用を下げる 方法を教えてくれた。



江戸川区の口コミの良かったはずの 鉄くずの引き取り業者に関しては
全部棚から出して並べて玄関に置いておけなど指示している上に、 鉄の塊を書いとるならともかく逆に 3万円も取るなどはちょっと悪質ということを正直に言ってくれた。


こちらの業者は 信用できそうだ。
もうひとつの堀切の人形供養もどきを謳っている業者は本当に悪質だった。


こうやって複数の業者に相見積もりをとってもらうと 本当にどこに出すかによって全く お金の出入りが違ってくるというのが分かる。


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夜コンビニで大量にコピー。
矢崎さんと NPO の人に資料として送るものの作成。


こういうミスが許されない作業は 事務的なことをきれいにまとめるという作業は私は一番苦手とすることなので 緊張でガクガク震えている。

日付が変わった今もまだガクガク震えている。
コンスタンを飲む。 とにかく今だけは今年だけは 薬に頼ってでも何とか乗り切って うつ病に飲み込まれないように やり遂げて 先へ進むんだ。



この家は家として見たときに今まで内覧してきたどの家よりも非常に静かで落ち着いていて広くてゆったりしていて 環境は最高だ。 こんなに静かで空気が通り抜けて 日光にあふれた良い家はあまりないと言うか私の見た中で一番良い。

新宿渋谷など中央への アクセスにも恵まれ近くには巨大な公園がいくつもあって 首都圏で、、、

客観的に見てとても良い場所でとても良い家だった。

ここにずっとつめたらどんなに楽か!!

祖母の代からの残置品の整理なんて少しずつ粗大ゴミで自分で出していけばいつかは終わる。

広い家明るい家風通しの良い家 借家としての家賃だって地代は高くない。
駐車場収入でお釣りがくる。


住み続けられたらどんなに良いか!!!!!

動くエネルギーを 使わないで
お金も使わないで危険も冒さないで

生まれ育った この 落ち着く空間、 住み慣れた東京。
ずっと住むことができたら
どんなに良いか!!!!!


でも私は放射能が嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ない。
金町浄水場からはまだセシウムが出ている。
ここに長期間いると肺がおかしくなる。
今回は随分隅々まで舐めるように掃除したつもりだけれど やっぱりおかしくなる気がする。

工場の機械油、切削油は私にとって懐かしい香りだけれど、
揮発性で発がん性がある。


ここにいたい


ここでもゆっくり休みたい


でもまだまだスタート地点で これから新しい家を 探して引っ越して 今の大阪の賃貸を退去する。


まだまだまだまだスタート地点。
でもこれは命がけの大金の動く 知識戦になる。
ご先祖様の 命が重たい
ご先祖様たちの想いが重たい

やること事務的なこと力仕事、知識戦
全てが膨大すぎて 私にはとても荷が重たい


でも一人で乗り切るんだ
私は一人にやり遂げてみせる

そして自分の人生を あゆむんだ

私は今までたくさん頑張ってきた
他人にどう見えようと私はずっと頑張ってきた

だからきっと今回もできる。
乗り切れる!!!

人形供養準備、『うるせー! うるせー! うるせーんだよ!!』

人形供養


朝不用品引き取りの業者が とりあえず見積もりを出しに様子を見に 来る

人形供養してもらえるというのでそこの業者を選んだが どうも簡易的な裁断で自分の会社の中でお祈りをするだけで 他に葛飾区内の寺に出すとなると また別料金になってくると言う

それでどこも コロナの影響で 3年以内のテレビ以外は引き取っていないとか 人形供養もしていないなど 嘯いていたけれど 疑わしいので上野の 清水堂、 西郷さんの像の目の前にある赤い綺麗な 建物で人形供養で有名な所へ 電話をして確認したら普通にやっているという


しかも別にぼったくった値段ではなくてその業者が入ったよりもずっと安い

清水道だったらいつも通りかかっていた場所だしそこで奥様してもらえるならそれに越したことはない ただ問題は宅急便で送れないため自分で持って行かなくてはいけない 雛人形だけで15体その他のお人形こけしなどを含めると 手持ちはちょっと 難しいので タクシーか何かを使わなければいけない それでも割高ではないその業者を入れるよりは

あそこでお供養してもらえるのなら本当に嬉しい



それから鉄の部品についてや 雛人形の段の鉄骨などについても重たいからとても高いと言う これに関しても鉄くず家に引き取りにお願いすればむしろ買い取ってくれる


場所を選ばないと 価値のあるものがお金になるものが逆にお金を取られてありがとうございますと持って行ってもらわなければいけない事態になるということがよくわかる


お父さんがずっと気に入っていた布袋様は 神様なので人形供養にはできないと言うので 家のお寺さん、
常光寺のお坊さんに相談してみたら二つ返事で 持って帰ってお経をあげて くれると言うから 本当に適材適所と言うか 良い形で収まると思う


常光寺に どうするつもりで間違えて西光院にかけてしまった。
それで 人形の供養なんてどうでもいいとこを売るのか書くのかそして早く契約書に判子を押してよこせということを言われて間違い電話をしたことに気がついた。
こっちの住職は金の話と契約の話しかしなかった。
本当に死者や私のことなんてどうでもいいんだろう。


とにかく魂の入っているようなもの、
私の精神的な衛生面の問題になってくるけれど、
人形だけはきちんとやっていきたかったので よかった。

雛道具は別口に開始しなければいけないようだけれど人形だけ、 次回自分で持って行って納めることにした。

最後だし 飾っておこうと思って、
ついでに道具も一緒にお供養してもらおうと思って道具が外れないように爪楊枝で少しずつ接着剤で固定していく。

みんな満艦飾でお供養を受けられれば、なんとなく私も安心する

私自身が全部の15体を飾りつけるのは 初めてで 、なかなか難易度が高かった私は意外と手先が器用ではない。


私はちっとも雛人形に興味がなくて母が飾り付けていた。

今思うに母は自分が、雛人形が欲しかったんだと思う。


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・委任状


母の日だ。
老人ホームに母の委任状を取りに行く

前回は防護服を着ての面会になったが今回は面会謝絶になっている
東京まで来て一面も見られる 直接話をできないのは残念だが
委任状には職員さんの手を借りてサインをしてもらう

これで家を動かす全部の権利はほとんど私に移動ったことになる。
後は一番最後の最後売却の時に母が口頭で自分の名前が言える程度で売却しますということを意思表示できれば全て終わる。

老人ホームの母の様子は、 職員さんの説明によると
ますます暴言が酷くなっていて常に
うるせーうるせーうるせーと言っているそうだ
ずっとつぶやいているという
それでたまに『何々って言ってるんだろ!』という強い口調の暴言が入ったりするらしい。
あとは自分の思い通りにならないことがあると、それをそのまま口に出してしまうと言っていた。
それでも職員さんは母を庇って目は悪い人じゃないのはわかるんだけれどと言っていたけれど目が悪い人というのはそれほどこの世の中にいると思わないおそらく全員がどんな悪事をしている人でも 自己正当化して自分のことを悪いとは思っていない。

どんな悪い人でもそれぞれ愛するものがあり愛する人がいて大切なものがあるんだそして自分の正義があるんだ。



うるせーうるせーうるせー、恐らくこの瞬間も
母はずっと呟き続けているのであろう。

本当に哀れだと思う

あの人は 最初から最後まで 他人の人生を生きていて、
自分のご機嫌を私に取らせてきた。
このまま人生を終わるんだろう。

頭の中ではずっと 何かが聞こえているのかもしれない。
それに対してうるせーうるせーうるせーと言っている。
なんだ結局母は自分で終わらない地獄に落ちちゃったんか。

ずっと自責の念、劣等感、歪んだ見栄、 ずっと言い返したかった言葉を呟いて 満たされない。 自分の人生を生きてこなかったから最後まで自分の人生を生きることができないんだろう。


気持ちはよくわかる 程度の差こそあれ恐らく母も 祖母から虐待的なことを受けていたと思う こういうものは連鎖する 世代間の呪いだ


でも私はそれに気がついた。
そこが彼らとの一番大きな違いだ。
この 気が付いているかどうかの差は大きい。

私は彼らのようにならない。

私は幸い(?)頼りたくても誰も周りにいないから、
全てを自分で選んで、決定して、進まなければいけない状況にある。


ものすごく心細いし毎日薄病の発作が襲ってきて苦しい だけどきっと やり遂げた先に何かが見えると私は信じている。

それがもし失敗であっても やれるだけ全てやったんだからそれでいいと思う。

なぜか落ち着く

ストレスでドキドキするのに やはり生まれ育った家なのか とても落ち着く部分がある 眠りの時に関してだ
もちろん寝る前に コンスタンは飲まないと不安で 何度も目が覚めてしまうんだけれど
それでも普段よりずっと睡眠時間が長く取れる
生き物の世話のプレッシャーがないことも大きいと思う
やはりいきものを好きな人に限って生き物を飼育してはいけない 生き物は大きな喜びを与えてくれるけれどそのぶん責任がとても重くのしかかって 全く気が休まらない 癒しになるのに気が休まらないと言う 何か重たいものを背負ってしまう

昨日は 洗濯機の部分の水漏れが気になったので水道 SOS レスキューを頼んで8800円かかってしまった
自転車も動くものを一つ作らないと役所関係が遠すぎるので 出張サービスの自転車修理を頼む
プジョーはおよそ2万円でチェーン交換など一通りやっていただいて かなり復活したので カバーを買って新居にも持っていきたいと思う
サンワサイクルというところだったけれどとてもきちんとやってくれた
他の3台の自転車は それぞれおばあちゃんのものお母さんのもの地のものだったけれど
父のものが一番新しく 空気を入れるだけで復活して午後もへばっていなかった10年放置されたわりは随分頑張った
屋内保管だったから 結構 良い状態だったんだと思う
修理代金は全てで2万円

工場で作業してもらったけれどその時全ての電気が点いたのは 満艦飾と言うか
なんだか当時の活気のあったあの工場の姿が彷彿とされて なんだか涙が出そうになった 全ての電気がまだ生きている 点灯する

そして翌日の今日は 12時から NPO の電話相談
神保町まで来るために今回の訪問を決めたような部分があったのに 結局コロナの影響で 電話になってしまった

ただ担当者の人が食事に強く知識豊富でしっかりしたくち鳥だったので私はこの人も不動産屋の一人として 一般媒介契約を 結ぶことにした

その後岩崎さんが家まで来て状況報告
意外なことにプリントミスをしていて修正前の母の委任状持ってきてしまっていた

手土産を持ってきて 一体こんな巨大な水羊羹のセットをどうしたらいいのかよくわからないけれど ありがとうございますと言っておいた
その後久しぶりにたかたんが来る 来るのに手間取ってしまって 久しぶりの亀有だから 2時間ぐらいかかってしまったようだ 父親のお葬式の時ぶりかもしれない

2時間ほど一緒に掃除と 雛人形を下ろす作業をしてもらう助かった
一人では絶対無理だった
相変わらず雑学や知識が豊富で感心する ピカチュウは懐かしいと言ってみていた あの家にある等身大ピカチュウピカチュウのお面をかぶったまま今も鎮座しているという真っ先に捨てていそうだと思ったけれど意外とちゃんと持っているものだなと思った
体を鍛える事に非常に集中していてスタイルが良くなっていて感心したけれど顔がびっくりするほど老けていて首元もシワシワで 痩せたために皮が余ったのかという感じだったとにかく目の下のたるみだの ブルドッグラインなどすべてがたるんでいた
お腹が割れているのを見せてくれたけれどやっぱり革の部分が少したるんでいるのがわかってあーこの人も年を取ったんだとそりゃ50代半ば近くなればそうなるかと なんだかとても悲しい気持ちになった
相変わらず家族のことをよく喋っていてああやっぱりこの人と一緒になるのは無理だったんだろうなーと思った

それでも今までの人と比べたら一番マシな方だから 私は結局愛する人が一人もできなかったんだと思った
誰も愛せない

私を愛してくれる人も誰もいなかった
そもそも愛情って何だ 永遠の愛を誓って結婚していた人たちが幸せになっている例を私はひとつしか知らないそれも結婚当時ラブラブだったというそれだけの情報で今もそれが続いていると予想したい という希望的観測を交えたものであって実体かどうかは分からない

結局人間というのは愛されることも愛することもあまりないのではないか なんかそんなことを考えると寂しくて 漫画や小説やドラマのような本当の愛というのはないもんなのかと 少なくとも私と私の周りの人達それから私の耳に入る範囲ではそんなものは一つも存在しなかった


ただまだ誰と会って筋トレをして 犬のは 無駄じゃないんだなというのが体型の変化で分かったので素晴らしいと思う 私も筋トレをしなくてはいけない

自分の体を守れるのは自分一人で

誰一人助けてくれないのが当たり前なんだから

東京の家 掃除 解体の前だからこそ綺麗にしたい

昨日から東京に入っている
西日暮里 で降りなくてはいけないのになぜかまた通り過ぎてしまう 通り過ぎて田端まで行ってしまうから京浜東北で引き返すと急行で止まらなくてまた上野まで戻ってしまう そんな繰り返し
やはりうつ病の薬コンスタンは認知障害と言うか意識が飛ぶ、でもこの薬なしだともうやっていけない
ストレスで手足が震えて心が震えて心臓が震えて

掃除をして普通のマスクだった 肺がヒューヒューをした

とにかく虫の死骸を 最終的には雑巾で手で拭いて言った 玄関とか タイルの部分それからトイレ全部結局てで雑巾で拭くのが一番綺麗になった

あちこちにささくれの木が出ていてさしてしまって 本当に私は掃除の度に 手が傷傷になってしまう

お手洗いも隅々まで拭いた 長い間ありがとうと 何度もお礼を言った
時期に解体されてしまうから 汚いままでもいいのかもしれないけれど
解体されてしまうからこそ 綺麗にしてあげたいと 私は考える リルリルはそれを理解できないようだった 首をかしげていた


私自身の生まれ育った思い出の詰まった家だ
祖父母両親の
想いの詰まった家だもの
みんなここで生きて
下の工場で働いて 死んでいった
大切な場所だ
隅々まで 家具の色形材質手触りまで全て私の細胞一つ一つに染み込んでいる



1ヶ月前にいなかった羽蟻のようなものがたくさん死んでいてびっくりした
シロアリが発生する前触れらしい

今日は暴風雨で 大阪の天気が心配だ メダカ達は大丈夫だろうか
3週間ぐらい餌を食べなかったベッラは大丈夫だろうか

リルリルがずっと前から 56に来ると思っていたら345だった 全く間違えて目もしっかり取っていた


予定が狂ってしまったけれど 昨日今日は一緒にいてもらえて本当に助かった 人がいるだけで安心する 本当に安心する
ガーミンのストレスの数値は 29だった 今まで見たことのないぐらい低い数値だった

やっぱり人と一緒にいる 近くにいるというだけで本当に本当に涙が出るほどありがたくて嬉しい心細い 全てをでも一人で決定して 実行して 一人で引っ越して
一人で暮らして 一人で生きて 一人で死んでいく

とても心細い でも きっと人間は皆そうだと思う…思っていたけれど
やっぱり人がいると全然違うということは分かった

思ったよりも食料がたくさん減ってしまって 二人文をこんなに消費すると思わなくてもう食べ物が早くも なくなってしまう
けれどやっぱり少しでも美味しいものを食べて欲しくてたくさん出してしまった



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仏壇のお花は毎回生きた花をあげていたけれど
しばらくぶりに帰るたびにみんな枯れていて
それは花の死体でなんだか水をあげなくて
かわいそうなことをしてしまって 仏壇にそういうドライフラワーがあるのもなんだか切なくて

それらを見るのがとても切なくて辛くて

今回からはもう生きた花を買うのはやめたその代わり 造花を綺麗にアレンジして ワイヤーアートフラワーテープで 綺麗にして
適当な造花を めんどくさくて突っ込んだみたいではない、
心のこもった、花の命を奪わない
そんなフラワーアレンジメント風のもの 100均の材料ででも 何か工夫できたらと
思って作る

固定観念というのか、 今まで見てきた経験で
造花をあげられている仏壇=埃を被ってお世話されてない仏壇ばかりだったので、

造花=よろしくない状態という固定観念ができてたんだよね

造花であっても大事に心にある
仏壇というのもありだよなと。




私はみんなに愛されてきたと思う だけどあまり大切にされてこなかった気がする 本当の私は誰も愛してもらえなかった


親や祖母は
自分の都合のいいようにしてる あいだだけ可愛がられる人形として

希望の中学には行かせてもらえなかったし 私が希望した大学には私は行けなかった

そして親はそれを恥ずかしいと親族に全部隠している

私を記憶するということができないから学科でうまく点数を取れない
おととし軽度知的障害者だと分かってやっと合点がいった

知能指数が50から60、
150から200。

その両極端しかない結果 平均して 120。

全て合点がいった気がした。

本当の私は誰にも愛されなかった

男の人はみんな私のことを無料風俗として無料食堂として扱った。
扱いたがった。


抗がん剤で子宮が収縮して入らないなら口でやれ。
それができないなら愛してないんだろうと。

気持ち悪いどうしてそんなにみんなやりたがるのか 五十歳を過ぎてまでどうしてそんなにやりたいのか私は理解しがたい。


ただやりたいやりたいやりたい
そこには愛情も 労いも慈しみも大切にする心も 1ミクロンも感じられない。




私は誰にも愛されたことがない
誰にも大切にしてもらえなかった

でも私は私を そんなに 何の取り柄もない人間だとは思っていない
誰も愛してくれないのなら
私は自分で私を愛する

誰にも大切にしてもらえないなら
私は自分を自分で大切にしようと思う



最後本当にヒューヒューして変な感じだ 前みたいにマスクをしていることを笑われないコロナのご時世になってくれたので M 3のきちんとした防塵マスクを付けようと思う



前はマスクをしているだけで奇異の目で見られたけれどそういう意味では
マスクをしていてもおかしな目で見られる世の中じゃなくなってよかった。



どれもこれも捨てていく おばあちゃんの遺品お父さんの遺品お母さんの遺品 母だけまだ老人ホームで生きてるけど まあ死んだようなものだから母のものも遺品として考える


結局全部捨てていく 大切にしていたものだって思い出があるものだって全部 他人にとってはただのゴミだ

結局のところ生きてる間にその日を楽しむということをする以外人間は救いはないのだと思う


私は死ぬその日まで花に水をあげられるような人間になりたい

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和歌山スエタカのOさん

動画の声、内容を聞いて想像していた通りのおおらかな真実のある人だった。

和歌山の物件を二つ見た。例の海の近くと、平松欽一という画家の家だ。

海は危険地域というのを抜きにしても高く、補修かしょも多い。

わたしの好きポイントである格子がある、それ以上でもそれ以下でもない印象。

プリント合板の多用も気になり、巨大なボイラー、圧迫感のある家だった。

 

平松家は、質の上下に関わらず大切に使われたアンティーク着物特有のキラキラした糸の輝きのようなものがあった。

増築に増築、改築を重ねた結果の家で、しかし生活しやすさと雰囲気重視の西の格子などセパレートされたキメラのような家だった。マイナスは取ってつけた風呂場の景観の悪さ、庭のどうでもよさ、特徴のひとつでもある下宿通路のような白タイルの魅力の無さだ。コスパの点での価格も高すぎる。倉は収納として頼もしい感じだったが内外とも見た目の美しさはない。

一番の魅力は白黒のコントラストと黒帯の太さ、西向きの格子の謎空間だった。

 

しかし今日の一番の収穫はOさんという人間を知ることができたことだ。

わたしは朝まで緊張のあまり眠れず8時ごろ気絶していて、約束に出遅れた。

無理にこちらに合わせてもらって、営業でもない物件担当のOさんが直々に出てくれたにもかかわらずだ。その上、うっかり降りる駅を乗り過ごしてUターンする羽目になった。3分くらい意識が飛んだ間に、なんと下りる駅を過ぎていた。なにこのワープ。血の気が引いた。

和歌山は本数が少ないので、この2回のミスがそれぞれ1時間のロスを生んだ。

もう、何とお詫びしてよいのかわからない。まじめに必死にやっていてもどうしてもこういうことをしてしまうことがある。しかし今回ほどひどいのは初めてだった。

 

Oさんは連絡するたびにこまめに気遣いのメールを寄こしてくれた。

それが口先だけではないことも伝わってきた。

和歌山の温暖な気候のようなおおらかさと根の明るさと、訥々とした誠実さと優しさを感じた。語彙の豊かな話術を駆使するタイプではない、口下手に近いかもしれないけど、単語ではなく心が伝わってくるひとだった。

 

不動産屋にもこういうひとがいるのか。

わたしはもうあの突然の更新料の請求から売却準備へのジェットコースタ―状態で、緊張の糸が張り詰めすぎてギリギリと音を立てている状態だった。飲み始めた抗うつ剤がないと、不安と恐怖でガタガタと震えが止まらなくなる、たった今もだ。ドキドキして、指が震えて、心臓が震えて、つぶれそうになる。肩が岩石のように硬い。

 

Oさんの、真偽はわからないが「古民家は失敗して購入してもまた売れる」というのには救われた。古民家は普通の投資価値は資産価値ゼロ、むしろ負債の物件だ。でも、骨董的な浪費の価値を見出す人がいればリセール出来るという。

本当ならどれだけ気が楽か!

 

不動産はこれだけ私にたかってくる人がいるのを見てもわかる通り大きな金額が動く。失敗したら取り返しがつかない。その決断の連続の毎日で、相手はぼったくりを仕掛けてくる、見た目は弁護士中身は詐欺師どもだ。

 

Oさんはもう存在してくれるだけで私の救いになった。

 

Oさんには私の特に家への人生観を聞いてもらうことが今回の目的の一つだった。そして、希望の好みの傾向をつかんでもらうこと。

今朝からそれなりの強い雨だった。私はそれを良い天気だと感じた。

 

しかしOさんはわたしが小手先と浪費の力でこの家にやったことを「古民家再生だ」と言ってくれた。絵をほめてくれた。この人は嘘を言わない。美術的な知識で物を言わない。ただ、素直にカッコイイと感じたと、好きだと、自分なら飾りたいと言ってくれた。

才能の塊だと。容姿も美しいと。

そんなに認めてもらえたのはわたしは生まれて初めてかもしれない。

ファンだとまで言ってくれた、友達になろうと言ってくれた。

勿体なすぎて、どうしていいかわからなかった。

 

でもこの素晴らしいひとは、わたしが才能があるから好意を示してくれたのではない。

最初悪いところしか連発しなくて、しょうもない第一印象のときから、ちゃんと受け入れてくていた。わたしはそれが嬉しかった。

あるがままの、ダメな私を批難しなかった、馬鹿にしなかった、一人の人間として普通に接してくれた。それが涙が出るほど嬉しかった。

 

わたしは誰も信じることができない。

心が通じている親友と呼べるレベルの友達もそれぞれ都下、沖縄、コロラドと遠方に3人いるだけだ。みんな女性だった。

 

この世に、わたしを、ふつうに、見下さないで接してくれる男性がいるということ、それだけで、わたしはこれから先の未来に少しだけ希望を持つことができる。

わたしは独りですべてをやり、すべてを背負う覚悟はしたが、それが嬉しいわけではない。一人で暮らし、一人で老いて、一人であるいは闘病し、おそらく精神的に耐えられなくなったその日、いつか自決する。その方法はなるべく苦痛の少ないでも確実な方法が良い、やはりアレだろう、そう思っていた。

 

でも、まだ生きている。

生きることはつらい、苦しい。それが当たり前だけど、

死ぬことと比べたら幸せで完成している。すでにこれが幸せなんだと分かっている。

わたしは死が怖い。正確には死ぬことそのものではなく、死に向かう恐怖が怖い。

でも人は全員一人で生まれて一人で死ぬんだと分かっている。

でも、だれか一人でいい、信用できるひとが、出来れば近くにいてほしい。

だれかを愛したい、そしてできれば愛されたい。一度でいい。

私がこんな障害でも、癌という病気でも、それでもそのままでいいよと言われてみたい。

私の人生の最終的な夢はそれかもしれない。

 

わたしは怖い、不安でしかたがない。

でも生まれて来れて本当にありがたい。

私に命を与えてくれたもの、継続させてくれているもの、そのすべてに感謝しかない。

わたしはわたしの思いを伝えたい。

そこから学ぶひともいる、共感する人もいる、知識として伝承してくれる人もいる、反面教師とするひともいる、それが私の理想だ。本当は発信したい。たくさん人に発信したい。私の思い、知識、学び、愚かな行動、考察、観察、すべてを一人でも多くの人に伝えて死にたい。

 

疲れ切っていても頭の中は高速で回転し続ける。

もう焼き切れてしまう。

今は薬に頼ってでも、鬱状態を乗り切りたい。

 

明日はまた兵庫医大だ。

銀行、郵便局、明日もやることが沢山ある。不動産関係の本も早く沢山読みたい。

今は全力で知識武装して少しでも騙されるのを最小限に防ぎたい。完全には無理だろうけど、あまりに今までぼったくられすぎてきた。

今わたしを守るのは知識武装だ。

そして健康になることだ。

 

わたしは今日から一人ではない気がした。

OさんにとってわたしはOne of them、たくさんの利用者の一人にすぎない。

でもわたしにとってはOさんのような人間が存在すること、それだけで人生が救われた一日だった。